若手フォトグラファー・ヘンリーの、情熱を写真に注ぎ込む方法
Text & Photo: Atsuko Tanaka
カナダ・バンクーバーを拠点に活躍する若手写真家の ヘンリー。これまで約8年間、多くのヒップホップ アイコンの重要な瞬間を捉えてきた。 その彼が、初のハードカバー写真集「frequently alone, rarely lonely」をリリース。 先月東京を訪れたヘンリーにインタビューを行い、フォトグラファーのキャリアをどのように築いていったか、印象に残る撮影、ヒップホップシーンの変化について思うことなどを聞いた。
―まずはバックグラウンドについて教えてください。 バンクーバー出身だそうですが、どのような環境で育ちましたか?
実は生まれは東京で、3歳の時にバンクーバーに引っ越したんだ。育ったのは小さな町で、両親がすし屋を経営していたから、学校に行きながら手伝いをしたり、スポーツもよくしたよ。
―昔からヒップホップが好きだったんですか?
若い頃はEminem(エミネム)が一番好きなアーティストで、いつも彼の曲を聴いていた。でもヒップホップについてよく知るようになったのはもう少し後で、多分僕が中学2年生の、Kendrick(ケンドリック・ラマー)とかDrake(ドレイク)とかが盛り上がっていた頃かな。新しい世代も聴いたし、Biggie(ノトーリアス・B.I.G.)や2 Pac(2パック)のような昔の世代についても学びたいと思って色々聴いたよ。
―写真はいつ頃始めたんですか?きっかけは?
僕のお父さんはいつもビデオカメラを持ち歩いて、僕や姉弟をよく撮っていたから、それに影響されているのかも。若い時はカメラを買う余裕がなくて、いつも携帯のカメラで写真を撮っていた。高校卒業後、もともと旅行が好きだったこともあって航空会社に就職して色んな所に行くようになって、見る景色だったりをドキュメントして残していきたいと思ってカメラを買ったんだ。
―それから旅や風景写真を撮り始めたんですね。
僕が旅の写真が好きな理由は、自分一人で撮影できることだね。でも大体は、写真で奥行きを見せれるように、誰かを連れて行くことが多いかな。いろんな所に行って挑戦するのも好きだよ。
―印象に残っている撮影は?
アイスランドに行った時だね。 一番初めは兄弟旅行で行って、すごく気に入ってまた行くことにした。ドライブしていても人に会うことは滅多にないし、自分一人しかいないように感じられて、混沌から離れた感じが好き。 風景は美しいし、本当にいい時間を過ごせた。
―では、ヒップホップのコンサートを撮るようになったきっかけや、キャリアをどのように築いていったかを教えてください。
この業界って信頼の上に成り立っているよね。写真を撮る時って、アーティストの間近で写真を撮るわけだから。特にヒップホップでは、舞台裏でいろんなバイオレンスがあったりするし、アーティスト側は一緒に仕事をする人を信頼できなかったらやれないじゃない? そうやってアーティストと良好な関係を築いて良い仕事をしていけば、業界は狭いから良い噂が広まっていくと思う。
まず入り方としては、例えばマネージャーやアーティストにメッセージを送る以外にも、ライブ会場だったりレーベル、スポンサーを経由したり、やり方はいっぱいあると思う。でも、僕はいつもみんなに、どんなアーティストだとか、有名無名とか関係なく、経験を積むためにできることは何でもやって、色々トライしていくことが大事だって言うんだ。そのうち自分の好きなものが見つかって、自然に成長していくと思う。あと、急に仕事の電話がかかってくることもあるから、いつでも準備は万端にしておかないと。全ては早いペースで動いているから、波に乗り遅れないようにしないとね。
―確かにそうですね。でも、ヘンリーさんはまだ航空会社でも働いてるんですよね?スケジュール管理はどうしてるんですか?
会社の勤務スケジュールはフレキシブルで、休みを取りたい時は比較的簡単に取れるんだ。それに、同僚は僕が写真をやっていることを知っていてサポートしてくれるから、おかげでバランスが取れる。僕はよく仕事で会うカメラマン仲間に、今でも航空会社で働いていることを話すと、みんなすごく驚くんだ。僕がフルタイムのフォトグラファーだと思っているからね。
―写真の仕事1本に絞ろうと思ったことはないんですか?
前に考えたことはあるけど、僕は自分の情熱を仕事とは切り離せるバランスが気に入ってる。もし写真をフルタイムでやったら、生計を立てるために好きではない写真を無理やり撮らなければならなかったり、ストレスや心配を感じるかもしれない。今は自分が本当に撮りたい写真の仕事を選べているから、100% の情熱を注ぐことができる。
―なるほど、いい考え方ですね!とは言え競争の激しい仕事だと思います。 他の写真家との違いを出すために何が必要だと思いますか?
まず一番のルールは、自分がなぜ写真を撮っているのかを知ることだと思う。例えば「有名人の写真を撮ったぜ!」みたいな感じでインターネットに投稿するとかいったような間違った理由で写真をやっているなら、本当の理由を考える必要があるよね。僕が写真をやる理由は、コンサートやイベントに行けない人に、自分の写真を見て、その場にいたような気分になってもらいたいからなんだ。 また、いつかこれらの写真を見返して、ヒップホップがどのように進化してきたのか、いろんな段階を感じ取ることができたら、とてもクールだと思う。
ヒップホップの写真だけでなく、トラベルの写真もそうだね。今はSNSの時代だけど、SNSは明日なくなる可能性だってあるし、それだけに頼らず、自分のウェブサイトや本などを通じてブランドを構築していきたい。 今年はギャラリーでも写真展ができたらいいなと思ってるよ。
―では、初の写真集“frequently alone, rarely lonely”について教えてください。プロセスはどのように始まったのですか?
実は一番最初の写真集は2017 年に出していて、当時はまだあまりアーティストの写真を撮る機会がなかったから、写真の約8割が風景で2割がアーティストだった。この本では半々の割合。全部アーティストの写真にすることもできたけど、“ヒップホップの写真家”とだけ見られるのは嫌だったし、バランスを取るためにも2つをミックスしたいと思ってね。この本の各ページの下にはQRコードがあって、それをスキャンすると僕のウェブサイトに飛んで、各写真の裏話を読むことができるんだ。他にも、全部の写真のISOとシャッタースピードの情報を入れてるよ。写真を学びたい人のヘルプになればいいなと思って、アクセスできるようにしたんだ。
―それはとても役に立つ情報ですね。 周りからはいいフィードバックを得てますか?
みんないいねって言ってくれてるよ。裏話についても、アーティストの素顔って、ミュージックビデオなどで見せているものとは違ったりするし、みんなが知りたいことでもあるから。
―アーティストの写真を撮り始めて約8年経ちましたが、ヒップホップシーンはどのように変化したと思いますか?
僕が頻繁に撮るようになったのは 5 年前くらいだけど、その間にコロナが起きて、みんなの音楽び聴き方は大きく変わったと思う。今ってみんな一つのことに集中できる期間がすごく短いから、音楽制作に多くの時間を費やしているアーティストにとっては色々難しいよね。リリースしたら、すぐにクラシックのように扱われたり。昔はみんなもっと音楽に対してありがたみを感じていた。今は気を散らす要素がたくさんありすぎる。
―その通りですね。ヘンリーさんが今一番好きなラッパーは誰ですか?
Travis Scott(トラヴィス・スコット)かな。彼は、Kanye(カニエ・ウエスト)やPharell(ファレル・ウィリアムス)のようにファッションとかいろんな異なる文化を結びつけて、音楽シーン以外にも大きな影響を与えたからね。彼のライブ写真を撮るのも楽しいよ。僕は常に動いたりジャンプしたりするアーティストを撮るのが好きなんだ。ただ立っているだけとかゆっくり動くような人ではなく、速い動きの人たちを捉えるのが自分の使命だと感じてる。常により良くなるために自分自身に挑戦してるよ。他にも音楽として聴くのは、Playboi Carti(プレイボーイ・カーティ)とかDrake(ドレイク)、Kid Cudi(キッド・カディ)、Kanye、J Cole (J. コール)とか色々いて、大体は若い世代だけれど、Nas (ナズ)の「Illmatic」は何度も聴いていてお気に入りのアルバムの 1 つだね。
―では、コンサートや旅の撮影に欠かせないアイテムがあれば教えてください。
コンサート撮影で大事なのは耳栓。聴力を失ったらおしまいだから、ちゃんと維持できるように、コンサートごとに良い耳栓を持っていく。あと、フェスとか屋外で写真を撮る時は、天候が常に変わることがあるから、常にレインカバーを持っていくよ。旅の撮影は、三脚と薄手のジャケットか防寒具があればそれで十分かな。撮影に関しては、基本とてもシンプルなんだ。
―ご自身の撮影スタイルを一言で表すと?
1 つ選ぶのは難しいけど、2つ選ぶとしたらクリーンとシンプルかな。
―尊敬している写真家はいますか?
写真を通じて知り合った友達みんなだね。彼らが頑張っている姿を見れたらとても幸せだし、自分も頑張ろうって思う。だから誰か一人に影響されるってことはなくて、アートや動画、広告でもあらゆるものからインスピレーションを得て、それを自分の写真に投影するのが好き。
―今、世界で起きていることについて思うことは?
世の中では恐ろしいことがたくさん起こっていると思う。そしてその多くは、すでに大変ことが起きている場所で起こっていて、気のめいるようなニュースばかりでとても残念に思う。ハッピーなことはあまり取り上げられないし、 見るのが辛いね。
―今後のご自身をどう見ていますか? 達成したい目標や計画はありますか?
本でも、ギャラリーでも、インタラクティブなスペースでも、自分の作品を見せ続けていきたいと思ってるよ。そして、作家でも、俳優でも、医者でも、人生でやりたいことはやる気さえあれば何でもできるということを人々に伝えたい。いつか若者たちに自分の物語について教えながら、思い出を分かち合いたいな。
―最後に、ヘンリーさんにとってヒップホップとは何ですか?
ヒップホップは、僕にとってすべてだよ。いつもヒップホップを聴いているし、ファッションからもインスピレーションを得ている。僕がやることすべてに関係しているね。ヒップホップの全ての世代に感謝して、これから出てくる新しいアーティストも楽しみにしたいと思う。